ひび割れ女子高生

女子校で凝固し粉砕され霧散しかけています

台風のキス

街を歩く。煙草の煙みたいな雲から僅かに覗く太陽が、心の内を隠しきれない詐欺師がギラつかせる目に見える。何故だろう。私がいつも詐欺紛いの方法で日付を自分の前から後ろへと送り続けているからだろうか。

歩いていたら、人混みの中、こちらに向かって歩くスーツの男に目がとまった。何か妙だ。腕が所在無さげに曲がっている。足を前に出すときの、体の重心の移動に躊躇いがある。よく見れば視線もおかしい。顔こそ、周囲でやかましく光っている建物に向いているけれど、目は歩く人のほうを見ている。餌を前に気がつかないふりをしているというか、目的があるのに無いふりをしているというか、そんな感じ。

つまらない男に声をかけられたら嫌だから、少し大股で歩く。リラックスして、肩は後ろに引く。そして、眼球を動かすのをやめて、目の周りに少し力を入れた。これは結構難しい。私の目は、力を入れすぎると、人懐っこく輝いてしまう。なるべく冷たく、だけど、頼み事を断れなさそうな弱さは出ないよう、他人を馬鹿にしている感じが出るよう、気をつける。男まで後2メートル、1メートル……すれ違いざまに、横目で男を見た。目が合う。

「あの、落し物ですよ」

突然の声に立ち止まる。途端、男の顔が近づいてきて、私の唇にザラッとしたものがあたった。煙草と珈琲の乾燥した匂い。それが私の全身に広がった頃には、男はもう姿を消していた。

キャーッ痴漢、と叫ぼうとして、やめた。だってよく考えたら、私はそんなことを思っていない。感情に対応しない言葉を発するのは気に食わない。勿論、言って仕舞えば、ただの痴漢だったのだろう。でも、私にとってそんなことはどうでもよかった。わざわざ声帯を震わせるのはなにか違う。

感情に対応する正確な言葉……口から注入された異物に無理やり適合しようとしているかのような、全身の不快な湿り気、思想の蕩け、液状化……いや、違う、これもどうでもいい。じゃあ、私が本当に発するべき言葉はなんだったのだろう。

耳元でなる風の音が、目の前の、7階建てのカラオケ店からの音を掻き消している。道行く人は皆、自分達のお喋りに夢中だ。今なら嘘を叫んでしまったってどうせ誰にも聞こえやしない……本当に?

台風が、使い道の無いガラクタばかりを私のもとに飛ばしてくる。苛ついたから、結んでいた髪をほどいて風に靡かせた。